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プロフィール

鴨野隼人(Hayato Kamono)

生年月日 1981年9月19日
肩書き WEBマーケッター
WEBマーケティングコンサルタント
特技・スキル WEBマーケティング、オンラインセールス
グラフィックデザイン、アートディレクション
言語 日本語、英語

略歴

1981年 – 東京の下町「亀有」に生まれる

1981年9月19日に漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」でお馴染みの街「亀有」に3人兄弟の末っ子として生まれる。

高校在学中にアメリカ合衆国へ短期ホームステイを行う

高校在学時は常に文系で学年トップの成績を修め、受講科目の中でも英語の成績が良かったということもあって、実生活で使える更なる実践的な語学力を習得するため、アメリカ合衆国へ短期ホームステイを行う。

日本の外に出て異文化の世界に触れたことをきっかけに、将来、国際的に活動できる仕事に就きたいという想いがそれ以後、強くなる。

高校卒業後、将来は国連で働くという目標を胸に抱き渡米


高校在学中に度々、ボランティア活動に参加していたこともあり、将来は何か世界平和の貢献に繋がる仕事をしたいと考えていた。

そして、その想いを実現させるためにも、「人種のるつぼ」であるアメリカ西海岸にあるロサンゼルスの大学へ国際関係学を学ぶために留学を決意。

そして、高校卒業後、2000年6月に渡米。

しかし、ここで大きな誤算が・・・


なんと自分が入学することになった短期大学にも、その後、編入を考えていた4年制大学にも、国際関係学を学べる学部がないことが渡米後に判明!!

「とりあえず現地に行けば、どうにかなるだろう!」という行き当りばったりの楽観的計画は、渡米後、すぐに崩れ去って行ったのでした・・・(苦笑)

また、これと時を同じくして、「国連での仕事」とは一体どんなものなのかと、あれこれリサーチをしてみると、国連という大きな組織の中では、例え、国連職員として働けるようになったとしても、結局は一般企業と同様に、上の人間からの指示に従い働くだけで、自分自身が世の中に何か影響を与えられるといった仕事でもないことに気付いたのです。

そして、これらをきっかけに、私は自分が歩むべき道を改める必要性を強く感じ、その後の方向性を模索することになったのでした。

自分探しの日々・・・そして、天職との出会い


アメリカの大学は日本の大学とは異なり、入学前に専攻を決定する必要がないため、
大学に入学後の最初の2年間は、一般教養などのクラスを受講しながら、
自分が専攻したい学部を選ぶことが可能です。

そのため、進むべき道を見失った私は、渡米後、最初に入学した短期大学で、
様々な一般教養のクラスを受講しながらも、「自分がやりたいことは何なのか?」と、自問自答を繰り返しながら自分探しの日々を送っていました。

そして、自分の進むべき道を模索していたある日、当時住んでいたマンションのリビングで、ロサンゼルスにある、とある美術大学のTVコマーシャルをテレビで見て、

「あ、これ、かっこいいじゃん!」
「ていうか、こういうのを大学で学ぶのって楽しそうじゃね!?」

と、直感的に「これだ!!」と私の魂が反応し、今まで「自分がやりたいことは何なのか?」と、ずっと、頭の中でモヤモヤしていたものが、霧がスッと晴れるかのように一瞬にして消えて行ったのです。

これが転機となり、私はそれ以降、当時通っていた学校で美術関係のクラスを受講するようになり、また、その後、テレビで見かけた美術大学への編入を遂げることになったのでした。

家に引き蘢りデザインに没頭する毎日


ロサンゼルスにある美術大学へ編入を遂げた後に専攻したのがグラフィックデザイン。

グラフィックデザインとは、ポスターやパンフレット、
ロゴなどをはじめとする平面デザイン全般のことを指します。

私は大学でグラフィックデザインのクラスを受講していく中で、
デザインの楽しさに魅せられ、そして、それこそ、食事をする時間や、
休日に外に遊びに出かける時間を惜しんでまでも、
自分の作品作りに没頭する生活を送ったのでした。


そして、その当時、学校外で作成した作品のいくつかは、
ヨーロッパ地域の出版社が発行する複数のデザインコレクション本に掲載され、
また、海外のデザイン関連のメディアからもインタビューを受けるなどの、
学生としては目覚ましいとも言える実績を残すことが出来たのです。

とあるデザインコンペでの入賞が、私に人生の使命を気付かせてくれた

当時、私はデザインの作品作りに没頭していた毎日を送っていた一方で、
作成した作品を積極的に海外メディアに対し売り込みをかけたり、
また、デザインのコンペがあれば、作品を提出していました。

threadless
そんなある時、私は「Threadless」という名前のオンライン上で行われる、
海外のTシャツデザインコンペに参加することになります。

そして、自分がそのTシャツデザインコンペのために作成したデザインが、
見事、入賞を果たし、晴れて製品化されることになったのです。

この時、私がデザインしたTシャツデザインは「平和」をテーマにしたものだったのですが、おそらく、自分がこの「平和」というテーマを選んだ理由は、渡米したばかりの頃に抱いていた、「世界平和の貢献に携わる仕事をしたい」という想いが、自分の中で消えずに残っていたためではないかと思います。

さて、このデザインコンペで入賞を果たしたデザインのビジュアルは、パズルゲームでお馴染みの「テトリス」に登場する、それぞれ形の異なるブロックが、上手いこと綺麗に積み重なり、積み重なったブロックが、1つの世界地図がまさに形作られる瞬間を描いたものでした。

そして、平和の象徴である「白い小鳩」の形をしたブロックが、次に現れるブロックとして待機しているといった状態を描いたデザインだったのです。

このデザインのコンセプトは、「それぞれ形の違うピース(Piece)でも、
お互いに協力し合うことで1つのピース(Peace)が生まれる」というものでした。

つまり、「思想や宗教、性格や個性などは人それぞれ異なるが、それでも、
みんなで手をつなぎ合い協力し合えば、平和な世界は築けるのではないか!?」
という私からのメッセージを表現したものだったのです。

さて、このデザインコンペに入賞したことで私が得たものは賞金だけではなく、
何よりも大きな収穫となった”ある大きな気付き”だったのです。

言語の壁を超えてメッセージを伝えることが出来るデザインの力


その”ある大きな気付き”というのが、言語の壁さえも超えてメッセージを伝えることが出来る、デザインというコミュニケーション手段の偉大さに、私自身が身をもって実感したことだったのです。

私が参加したデザインコンペはオンライン上で行われたものだったので、私の入賞を果たしたTシャツデザインを見た、世界中のインターネットユーザーから、次々とコメントが投稿されていました。

そして、私のデザインに対して投稿されたコメントの中には、

・このデザインを見て、心を動かされた!
・感動した!
・大事なことを考えさせられた!

といった非常に嬉しいコメントが寄せられていたのです。

これらのコメントを目にした時、私は・・・

「話す言語は違えど、デザインという非言語的表現手法を使って自分のメッセージを発信すれば、世界中の人に自分の想いが伝わるんだ!」

「デザインの力って凄いじゃないか!!」

と、まるで、どこかの科学者が何か偉大な発見をしてしまったかのように、
思わず身震いをして感動したことを今でも覚えています。

「このデザインのコミュニケーション力を使って、何か世界平和に貢献できることは出来ないか!?」

「デザインが持つ偉大な力」に気付いた私にとって、
このような発想に辿り着くには、時間を要しませんでした。

そして、瞬時に、私の頭の中には、あるプロジェクトの構想が
浮かび上がって来たのです。


「そうだ!世界中の著名な表現者たちとコラボレーションをして、
世界平和に貢献できる非営利プロジェクトを立ち上げよう!」


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この時、頭に浮かんだプロジェクトの構想は時間をかけて練り上げられ、
そして、後に「Brand New Peace」と名付けられました。


この「Brand New Peace」プロジェクトの全体的な構想が出来上がった後は、
プロジェクトのコンセプトに共感してくれた有志の仲間を募って、
プロジェクトチームを編成。

そして、実際にウェブサイトの制作や、プロジェクトに参加してくれる、
アーティストへの参加要請などを行なっていったのです。

超えられなかった壁 – そして、挫折・・・

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「Brand New Peace」プロジェクトを立ち上げるに当たり、
ウェブサイトの制作や参加アーティストの獲得などは、
途中でいくつかの困難はあったものの順調に進行して行きました。

また、このプロジェクトの内容を聞きつけた一部のTV局や新聞社が、
「プレスリリースを送ってくれ」と私のもとへコンタクトしてきたこともあり、
私は「このプロジェクトは絶対に成功するぞ!」と、
大きく熱い期待を胸に抱いていたものでした。

しかし、順調にプロジェクトが進んでいく中で、
当時の私にはどうしても超えられない障壁が、
突如、現れることになります。

実は、その時、が超えられなかった壁というのが
「国籍」と「ビザ」という2つの壁だったのです。

当時の私は、日本からアメリカへ学生ビザでやってきた、
たたの一留学生に過ぎませんでした。

この現地のアメリカ国籍の人間ではない「留学生」という立場が、
その後、プロジェクトを立ち上げるために必要な資金を集める際に、
の足を大きく引っぱることになったのです。

「自分にお金が無いのであれば、お金を出してくれる人を集めればいい!」

当時の私は学生だったので、当然、お金なんてものは一切ありません。

そのため、プロジェクトを立ち上げるために必要な資金は
企業から「寄付金」や「協賛金」という形で集めれば良いと思っていました。

アメリカでは「寄付」という文化が日本とは異なり浸透しているので、
税法においても、非営利団体への寄付金は税金控除の対象となります。

なので、当時の私は、NPO団体を立ち上げてプロジェクトをスタートさせれば、
節税対策の一環としてプロジェクトへの寄付金を出してくれる企業も現れ、
このプロジェクトのスポンサーになってくれる企業も見つかるだろうと思っていました。

しかし、現地でNPO団体を立ち上げる当たって、障壁となったのが、
前述の「国籍」と「ビザ」という2つの壁でした。

「アメリカ国籍を持たない&留学生」という立場の人間では、
現地でNPO団体を設立することは出来なかったのです。


そして、当初、予定していた資金調達方法である、「NPO団体の非営利事業としてプロジェクトを立ち上げ、企業から寄付金や協賛金を集める」というアイデアが実現不可能になってしまったことで、私はどうしたらお金を集めることが出来るかわからなくなってしまいます。


それから、いろいろと他の資金調達手段をその後、調べたものの、結局、良いアイデアは見つからずに、途中で私の心は折れ、最終的には、このプロジェクトの始動を断念することになります。


今、当時を振り返れば、NPO団体を立ち上げるに当たっては、現地の人間に代理人として代表となってもらい、NPO団体を設立することも出来たでしょう。

また、NPO団体を立ち上げなくても、このプロジェクトの趣旨に共感してくれる企業のCSR部門から資金を提供してもらうことも出来たのでしょう。

しかし、社会に出たこともない世間知らずな学生だった当時の私にとっては、これらの代替案は思いつかずに、

「今はどうしても超えられない壁がある。ならば、今はこのプロジェクトは諦めて、将来、社会に出た後にこのプロジェクトを始めよう!」

と、視点を切り替えて、再起をかけることに決めたのでした。

情熱を失い平凡な日々を送る毎日・・・そんな時に出会ったのがネットビジネスでした。

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「Brand New Peace」プロジェクトの始動を断念した後は、
まさにセミの脱け殻のようにモチベーションを失い、
ただただ、平凡でつまらない学生生活を送っていました。

しかし、そんな時に、当時のルームメイトがネットビジネスを副業として始めたことをきっかけに、私も彼と一緒にネットビジネスの世界に足を踏み入れることになったのです。

ちなみに、私がその時、始めたネットビジネスは、
「アフィリエイト」という今では日本でもよく知られたネットビジネスです。

デザインを始めた時もそうでしたが、元々、私は、何か一つのことを始めると、
それにハマってしまい、とことん、それを追求するという癖があります。

そして、この時も同様に、私はサイト作成に日々、没頭することになります。

「お金ってこんなに簡単に稼げていいの!?」

これが当時、私がアフィリエイトというネットビジネスを始めて、
まだ間も無い時に感じたことでした。

事実、アフィリエイトを始めてから2ヶ月ちょっとが過ぎた頃には、
すでに累計で日本円にして50万円ほどは稼げてしまっていたのですから・・・

当時の私は、レストランで時給10ドルのウェイターとしてアルバイトをしていたのですが、学生にとってこんなに大きな額を短期間で稼ぎ出してしまうという経験をしたことで、私の中での常識がその時、大きく崩れ去っていきました。

そして、それと同時に私は、ネットビジネスに秘められた、
大きな可能性に気付くことが出来たのです。

しかし、世の中はそんなに甘くはない!!ここで、また、小さな挫折を・・・

ネットビジネスのド素人だった私が、アフィリエイトを始めてからは、
まさに順調過ぎると言っても過言ではないくらいに、
短期間に収益を伸ばして行くことが出来ました。

しかし、私がアフィリエイトを始めてから丁度、3ヶ月程度が経過した頃、
今まで何もしなくても毎日1万円近く稼ぎだしてくれていたサイト達が、
突如、全く、稼ぎを産み出してくれなくなってしまったのです。

放ったらかしでも毎日、稼ぎを産み出してくれたサイト達が、
突然、稼ぎを産み出さないサイトになってしまった理由・・・

それは、検索エンジンの精度に磨きがかかったことにより、今まで検索エンジンの検索結果ページにおいて上位表示されていた自分のサイト群が、一気にランクダウンしてしまいサイトへのアクセスが急激に減少したためでした。

実は、その当時、私が短期間で50万円ほどを稼ぎだすことが出来たのは、
現在のように検索エンジンの精度はまだ高く無く、簡単に複数のウェブサイトを、
検索エンジンの検索結果ページで上位表示させることが出来たからです。

当時は、”あるテクニック”を知っていれば、誰でも、短期間で、ほぼ確実に、
検索エンジンの検索結果ページにおいて上位にサイトを表示させることが出来たのでした。

現在はGoogleやYahoo!などの主要検索エンジンの精度は高くなっており、
作ったばかりのウェブサイトが短期間で検索結果ページの上位に表示されることは、
残念ながら非常に困難になっております。


さて、突如、運営していたサイトからの収益を失ってしまった私は、
アフィリエイトを続けることに一気に興味が無くなってしまいました。

元々、アフィリエイトは学生業の傍らでお小遣い稼ぎ感覚で行なっていたサイドビジネスだったので、特に大きな未練も残すこと無く、その時は、アフィリエイトに見切りを付けることが出来たのでした。

そして、私はそれ以降、2005年11月に日本に帰国をするまでは、今まで通りの学生生活を続けたり、ロサンゼルスの企業でインターンをするなどして過ごしていたのでした。

2005年11月 – 約5年半のアメリカでの生活を終え、日本へ帰国・・・

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日本へ帰国後、私は約2年間ほど、いくつかのデザイン事務所やITベンチャー企業を点々を渡り歩きながらも社会人としてお勤めすることになります。

この約2年の間に、点々と渡り歩いた会社では、
本当に沢山の貴重な経験をさせて頂いて、大変勉強になりました。

また、会社勤めをする一方で私はまたもや、副業としてアフィリエイトビジネスに再度、取り組むことになります。

この時もやはり、既にアフィリエイトで稼ぐためのノウハウを身につけていた私は、特に困難も無く、勤め先から支払われる給料よりも多い額をアフィリエイトで稼げるようになっていました。

そして、私はこれと平行して、将来、「Brand New Peace」プロジェクトを成功させるためには、更なるマーケティング力を身に付けておく必要があると考え、国内外のビジネス系教材を取り寄せたり、セミナーに参加するなどして自分の脳に投資を行なっていったのです。

2007年9月に独立。そして、現在に至る。

元々、私は将来は独立をする前提で企業にお勤めをしていましたが、
2007年の夏頃に私の人生観を大きく変える事件が起こります。

ここでは、この事件については説明はしませんが、私はこの事件を機に「命」について深く考えるようになり、「1度切りの人生を1秒たりとも無駄にせず、悔いの無いように生きたい」と思い独立することを決意します。

2007年9月に独立を果たした私は、友人とWEBマーケティング代行業を始め、
独立初月から150万円以上の売上ではなく利益を産み出し、
また、翌月には、さらなる収益を産み出すことが出来ました。

2008年11月には、昔からの友人と会社を一つ起こし、
会社設立1年目から年商3000万円を突破。

2期目となる今期は年商1億円突破を目標とし、
日々、奮闘中であります。

現在は、こちらの会社での仕事を本業としながらも、
2010年9月に個人で当サイトの運営をスタートし、
現在に至ります。

また、現在はビジネス活動の傍ら、都内の知的障害者支援団体や、
ホームレス支援団体などに度々、ボランティアとして参加をし、
自分の出来る範囲での社会貢献活動に取り組んでおります。

近い将来の展望

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まず、学生時代に一度、断念をしてしまった「Brand New Peace」プロジェクトを、
2012年に立ち上げ、スタートさせる予定でいます。

ここでは、このプロジェクトの詳細に関しては一切、明かすことはしませんでしたが、2012年まで、このプロジェクトのアイデアは外部に漏らすこと無く暖めておこうかと思っています。

もし、このストーリーの続きにあなたが興味を持って頂けたのであれば、
2012年以降に実際にリアルタイムでこのプロジェクトの行方を見守って頂ければと思います。

2012年、自己資金3000万円でスタート予定です。

遠い将来の展望

私が興味があり、将来、ビジネスを始めたい分野は、
次の3つの分野です。

・健康
・教育
・ベンチャーキャピタル

まず、「健康」という分野についてですが、実は私が独立を決意することになったのは、「私の身近で大切な人が病気でが命の危険にさらされたこと」がきっかけでした。

これを機に、私は「命の大切さ」や「健康であることの有り難さ」を強く感じるようになり、私自身、自分の健康に気を使うようになり、また、自分の周りの人間にも、「常に健康であってもらいたいな」と思うようになったのです。

そのため、将来は「人々が健康的な生活を送るお手伝いが出来るビジネス」を行ないたいなと思っています。


次に、「教育」という分野についてですが、私自身、
これまで、自己投資を積極的に行なってきたので、
教育の有り難みは身をもって感じております。

良い本との出会いが自分を新しい世界へ導いてくれたり、
物事を今までとは異なる視点で考えられるようになったり、
また、「学ぶこと」が自分の目標実現の手助けになったりと、
「教育は人の人生を豊かにする栄養である」と私は信じています。

ですので、私は将来、「教育」を通して、
人々の人生をより豊かなものにするお手伝いが出来る、
ビジネスが出来ればなと思っております。


最後に、私が将来、あまり余るお金を手に入れたオジ様になった時に行ないたいビジネスがあります。

それは「ビジネスという手段を用いて世の中を今よりも素晴らしい世界に変革しようと挑む起業家」に、資金援助と経営コンサルティングを同時に行なう「ベンチャーキャピタル兼コンサルティングファーム」です。

現在、当サイトは、「ビジネスを通して、世の中をより良い世界にしようと挑む起業家」に、WEBマーケティングのノウハウを提供して支援するというコンセプトに基づいて運営しております。

しかし、将来、あまり余るお金が手に入ったならば、ただ、ノウハウの提供を行なうだけではなく、資金面でも援助をし全面的に支援する事業を行ないたいなと思っています!


以上、長いプロフィールとなりましたが、最後までお読み頂いてありがとうございました!!

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お気軽に、お便りをお問い合わせフォームよりお寄せになって下さいませ!!


- 鴨野隼人

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